恐怖の麻辣湯(マーラータン)

随想録

 中国に住んでいことがあれば、誰でも一度は食べたことがあるだろう「麻辣湯(マーラータン)」。

 四川省発祥といわれる辛いスープで「麻」は花椒などの痺れる辛さ、「辣」は唐辛子などのピリピリした辛さを意味する。何十種類もの食材が並ぶ冷蔵棚から好きな具材を自分で選び、たくさんのスパイスが入ったお店秘伝のスープで茹でてもらうのが一般的だ。

 上海語学留学中、日本人の友達がとある店の麻辣湯にハマり、毎日のように足しげく通っていた。何度か一緒に行くうちに、いつしか私も病みつきになった。たっぷりの野菜、魚のすり身の団子、「粉丝」という緑豆春雨などの具材を茹でた麻辣湯に、テーブルに置かれた水で薄められたと思われる酢を大量にかけて食べる。店に行く回数はどんどん増え、ほぼ毎日食べるようになっていた。

 いつものように2人で熱々の麻辣湯を食べていると、友達がおもむろに話しはじめた。

 「あのね、ある短編小説を読んだの…」

 常連ばかりが集う古い居酒屋があった。鍋の汁に継ぎ足し継ぎ足しで何十年も人気料理の「煮込み」を作り続けてきた。その店の常連客が1人、2人と次々に亡くなる。だが、不思議なことにまたすぐに新しい客が店に通い詰めるようになる。ある日、店の主人が病気で亡くなった。葬式の後、残りわずかになった最後の煮込みをすくうと鍋の底からごろっと石ころのようなものが現れた。

 鉛でできた地蔵だった…

 「ぎゃあああ!」

 恐怖におののく私を見て、友は

 「私たちも鉛中毒だったりして」

 そう言ってにんまり笑った。

※常連客が次々と亡くなる煮込みの話は日本の短編小説です。
『不発弾』乃南アサ (講談社文庫)/講談社

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