「単純」が羨ましい中国人たち

随想録

 上海で働いていた頃、ある女の子が私のアシスタントについてくれた。彼女はまだ大学生で、中国では大学卒業前からインターンシップとして働き始めることがよくある。

 シュエンシュエンの専攻は日本語。すごくかわいい声を出す子だった。

 シュエンシュエンが入社してすぐの頃、私はシュエンシュエンにパワーポイントの各ページに日本語のタイトルを付けるようお願いした。そろそろ出来たかなと思いシュエンシュエンのパソコン画面をのぞくと、タイトルの位置も文字サイズもてんでバラバラ。心の中で「何だこれは…」と絶句しつつも、続いてパワポ提案書の翻訳と調整もお願いしてみた。数時間後に見ると、全然進んでない…簡単な作業なのに残業しても最後まで終わらず、レイアウトはやはりぐちゃぐちゃだった。不自然な日本語も含め、直すだけでずいぶん時間が取られる。

「パワーポイント、大学で習わなかったの?」

「習ってない」

 これは困った。パワーポイントが使えないことには資料すら作れない。どうやらエクセルの使い方もほとんど知らないようだ。シュエンシュエンに得意先提出用の資料を作成してもらうことは一旦諦め、翌日からパワーポイントの使い方を教えることに。揃えた位置にコピー&ペーストするのはこう、ここをクリックして整列をする。ショートカットはこれで…

 「今日はこれと同じものを作って」その日、彼女に与えたミッションは、私が作った見本と全く同じレイアウトのページを作ること。ときどき様子を見ながら、手取り足取り教え、3日ほどで最低限のことはできるようになった。

 そんなことをしているうちに、一緒にランチにも行くようになり、シュエンシュエンとだんだん仲良くなっていった。

 ある日、ふとシュエンシュエンのパソコンモニターを見ると、総監とチャットをしていた。シュエンシュエンは見積書のミスを指摘され、あろうことか、それは自分のミスではなく、私がやったと伝えていたのだ。

 私は激怒した。久々に本気で怒った。ほんの小さなミスとはいえ、そこは私が一切関わっていない部分だ。あまりに腹が立って、その日はシュエンシュエンが話しかけてきても一切口を利かなかった。

 それから数日後、怒りはすっかり収まり、いつものようにランチ後におしゃべりしていてその時の話になった。私が怒って口を利かなかった話を友達にしたら「太单纯了,很羡慕~」(そのまま訳すと「なんて単純なの。羨ましい~」)と言われたという。

 「単純って何よ!」

 バカにされたと思いちょっとムッとしたが、どうやらそういう意味ではなく「裏表がなくていい」ということらしい。中国では、表面では仲良くしていても裏では全然違うことを考えていたりして、会社での人間関係がものすごくドロドロしているというのだ。

 また、会社で成果を出せなかったために正式採用されずに会社を去ることになった若い女性から、「あなたはすごく恵まれている。何も分かっていないあなたに、TUGUMIは辛抱強く教えてくれている」と言われたらしい。

 中国の会社では、スキルを人に教えたりしない。人に教えるといずれ自分の立場をおびやかす存在になる可能性があるからだ。そして、中国の会社の人間関係においては、相手を快く思っていなくても絶対にそれを表に出さない。私が口を利かなかったのは、はっきり言って大人げなかっただけだが、まさかそれが羨ましがられるとは夢にも思わなかった。

 個人や社風にもよるかもしれないが、私は上司が部下に教えるのは当たり前のことだと思っていた。日本の年功序列は悪く言われがちだが、年功序列が根付いているからこそ上司が部下に教える文化が普通にあり、中国ほど人間関係がドロドロしていないのではないだろうか。やっぱり日本と中国とでは違う。

 いや、待てよ…そこまで考えて、はたと立ち止まった。

 ひょっとすると日本の会社も実は中国と同じかもしれない。「単純」な私は気付いてなかっただけで。

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