私が初めて中国で部屋探しをしたのは上海語学留学中のこと。そのとき最も印象深かったのは、水色の壁の部屋だ。そこは他に見た部屋に比べると内装もすっきりしていて、かわいらしい。興味本位で部屋探しに付いてきた友人は、「ここでいいんじゃない?」と軽く言った。
いや、でも、待って。雲を描きたくなるような鮮やかな水色の壁に囲まれて、落ち着いて過ごせる?水色よ!?
私には水色の部屋でくつろいで生活する自分の姿をどうしてもイメージできなかった。視界に水色が迫ってきておかしくなりそうだ。悩んだ末にその水色の壁の部屋はやめ、そのあとに紹介された普通の白い壁の部屋に住むことになった。
それから10年後、北京で働くことになって部屋探しをした。このとき、第一候補に上がった部屋はオレンジ色の壁だった。壁全面がオレンジというわけでなく、ワンルームのテレビの背面にある壁のみがオレンジ。キッチンの戸棚もオレンジだったから、オレンジをアクセントにしているのだろう。でも、でも…
オレンジって疲れない?
絶対に疲れるに決まってる。それでも、勤務先まで徒歩10分もかからない立地は大きな魅力だった。北京の朝のラッシュアワーのすさまじさは有名で、大混雑する地下鉄通勤や、大渋滞するバス通勤は何としても避けたい。それに、その部屋は他に見た部屋よりも格段に洗練されていた。おしゃれな部屋だといえる。でも、なぜ…よりによって壁がオレンジ?
だが、壁の色を除けば条件がすばらしく、他に選択肢はなかった。念のため大家さんに、違う色の壁紙を貼ってもいいという承諾を得たうえで、その部屋に決めた。
住んでみると、おしゃれで確かに気分はいい。部屋そのものは気に入っている。だが、やっぱり落ち着かなかった。就寝時間になっても気持ちがお休みモードに入れない。壁を見ているだけで目がさえてしまう。さすが興奮色のイメージ効果があるといわれるオレンジだけある。色彩効果は侮れない。壁の色を塗り替えるか、壁紙を貼るかしたいという衝動に何度も駆られたが、手間を考えると行動に移せないままやり過ごした。
そうして1年ほどたったころ、勤務先のオフィスが引っ越しすることになり、再び部屋探しを始めた。オレンジ色の壁の部屋から通勤できなくもないが、やはり徒歩圏内に部屋を借りたかった。また、新オフィスは北京の中心地だったので、これを機に引っ越してもいいかなと思ったのだ。
いくつもいくつも部屋を内見したが、どうしても住みたいと思える部屋に出会えない。だんだん部屋探しにも疲れてた。もう無理かな…諦めかけた頃、最後に不動産会社から勧められたのが、その会社が管理するリノベーション工事中の部屋だった。
見せられたのはリノベーション前の写真のみ。古い北京の集合住宅で、何だか暗そうな印象を受けた。だが、立地がものすごくよかった。勤務先まで10分ほどで、近くには大きな食材市場もある。集合住宅の敷地内はとても静かで、ほのぼのとした雰囲気がある。せっかく中国にいるのだし、北京のどローカルに浸ってみるのも悪くない。
よくよく話を聞くと、その部屋は私にとって最高の条件だった。リノベーション工事中のため、壁の色やベットサイズ、テレビ、クローゼットなどいろいろと希望を聞いてもらえるというのだ!
担当者の話では、メインの壁面を薄い黄緑色にするつもりだという。
「ステキだろ?」
自信満々にそう言われたが、そこは全力で反対してベージュにしてもらうことにした。「壁の色を塗るときに写真を見せて。必ずあなたが立ち会って」と、かなりうるさく言って、希望どおりのベージュに仕上がった。全体の壁は白、メインの壁のみベージュの落ち着いた雰囲気になり、私としては大満足だ。家具もシンプルだけれど、私の生活スタイルに合ったものを取りそろえてもらった。
こうして私は、ようやく落ち着いて過ごせるわが家を北京で手に入れたのだった。実は、半年後くらいに日本に本帰国を考えていたので、このタイミングで引っ越しするのはどうなんだろうと迷いながらの部屋探しだったが、この部屋に移り住んで残りの期間を快適に過ごすことができた。便利な立地ということもあり、あちこち気軽に出かけやすく、夜もぐっすり眠れる。北京の最後を締めくくる重要な拠点となった。引っ越してよかったと心から思う。
もし、部屋を決めるのがもう少し遅かったら、あの壁は薄い黄緑色になっていたと思うと、笑いそうになる。みなさん、日本の賃貸ではなかなか見られないような奇抜な色の壁がお好きなようで。いやはや危ないところだった。

