字幕翻訳者に必要な「脚本理解力」を鍛えるにはミステリードラマを見ることだと聞いて見始めた法医学ミステリードラマ「アンナチュラル」。
このドラマ自体が面白いのは知っていましたが、セリフに注目して見てみると、本当によくできていました。たくさんメモを取りながら見ました。
脚本は野木亜紀子さん。学生時代は演劇→映画監督を目指す→ドキュメンタリー制作会社→脚本家と自分のやりたいこと、そして適性を考えていくうちに脚本家を目指すようになり、36歳で第22回フジテレビヤングシナリオ大賞大賞を受賞し、そのドラマ化作品でデビューを果たしました。ドラマ代表作に「逃げるは恥だが役に立つ」「MIU404」など。人気ドラマをたくさん生み出しています。
「アンナチュラル」のセリフで秀逸だと思ったセリフを紹介したいと思います。
第2話のシーン。ミコトと久部が冷凍コンテナトラックの中を調べていると外から鍵をかけられ、さらに気温がどんどん下げられ、車は貯水池に鎮められしまう。車内に水が入り込む。「もうダメなんじゃないすか?」「完全に水没したら」と弱音を吐く久部に、「息を止めて泳がすじっとしていれば2~3分は持つ。意識を失うまでは1分。呼吸停止から3分は心臓が動いてる。その間に救出されれば助かる見込みはある」と冷静に語るミコト。その終わりに放つひと言。
「人間は意外としぶとい」
引用元:Amazon Prime Video「アンナチュラル」
すごく力強い言葉じゃないですか?もしこれが中国語から日本語への翻訳だったとしたら、私はここで字幕に「しぶとい」って書けるかな、と思ってしまいました。意味を考えて分かりやすいようにと「人間は簡単に死なない」とするのも考えられます。でも比較するとやっぱり物足りないんですよね。迫力がない。「人間はしぶとい」だとズシッときます。ちょっと意外な組み合わせでありながら、すごくハマっています。
「しぶとい」の言い換えを調べると、骨のある、気骨のある、どこまでも食い下がる、容易に諦めない、諦め画悪い、しつこい、粘り強い、我慢強い、忍耐強い、執念深いなどが出てきます。
でも、「諦めない」や「しつこい」でも違う。他のどれを取っても「しぶとい」ほどの力強さと生への執着みたいなものは出てきません。「しぶとい」という短い言葉だけですべてを言い表しています。そして、短い言葉だからこそインパクトがあり、重みを感じます。
ほかに言葉遊びがうまくて面白いと思ったのが第3話のコチラ。
「中堂さんて…相当 感じ悪いですよ」
引用元:Amazon Prime Video「アンナチュラル」
「人の感じ方まで責任もてるか!」
「愛情を振りまけとは言いませんが 立てなくていい角を立てることはないでしょ」
「感じ悪い」に対して「人の感じ方に責任をもつ」で切り返すなんて面白いですし、「立てなくていい角を立てる」という言葉の遊び方っていいなと思いました。
エッセイストの米原万里さんは、著書『心臓に毛が生えている理由』で、米原万里さんの著書を読んだ人から「きちんとした日本語ですね」と褒められると、それは自分の日本語が未熟ということなのだと自戒していたそうです。「帰国子女のわたしには、まだきちんとし正しい日本語が精一杯。それを崩せるほどまでには身についていないということなのだ」と。
上述のセリフはは崩した日本語とはまた違うかもしれませんが、野木亜紀子さんは言葉に対して丁寧に丁寧に向き合い続け、言葉を自在に操れるレベルに達しているからこそ、こんな言葉で遊ぶようなセリフが書けるのではないかなと思いました。
以下、面白いと思った言葉を。
「私の人生 女なんかには預けられません」
引用元:Amazon Prime Video「アンナチュラル」
「なんか」が効いてますよね。「俺の人生 女なんかに預けられるか!」じゃないところがいい。そんな荒い口調だと「なんか」は埋もれてしまいますが、「私の人生 女なんかには預けられません」と丁寧な口調の中では「なんか」が際立ちます。
「奥さんにしいたげられてきたせいで 女という女が信じられないんだって」
引用元:Amazon Prime Video「アンナチュラル」
「こじらせてんな~」
「女という女が」という表現、使いたいけれど字幕だと文字数制限で厳しくなりそうな気が。いつか吹替翻訳をするときのために大事に取っておきたいと思います。「こじらせてんな~」もよく言いそうなセリフですが面白いですよね。
代理戦争の様相を呈してきたわね
引用元:Amazon Prime Video「アンナチュラル」
義理の母親のセリフ。さすが弁護士だけあってカッコいい表現をします。知的レベル高めの人物設定でないと、このセリフは使えないかもしれませんが、ストックしておきたいと思います。
「俺はUDIを辞めない 誰に何を言われようとな」
引用元:Amazon Prime Video「アンナチュラル」
やっぱり「誰に何を言われようとな」を最後に持ってくることによって、「絶対に辞めない」という意志の固さが強く表れていると思います。「誰に何を言われようと俺はUDIを辞めない」では全然弱い。
脚本理解力を鍛えようと見始めたドラマでしたが、セリフが’よくてとても勉強になりました。私もこんな表現がさらっと出てくるように言葉に向き合い続けていきたいと思います。
私は中日字幕翻訳者なので、どうしても中国語ドラマの字幕を見て勉強しようと考えがちなのですが、やはり基本は自然な日本語。もっと意識的に日本のドラマを見たいと思いました。
楽しむためのドラマとしても、日本語表現力の勉強としてもおすすめの作品です。